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ルールとマナーを守る多文化共生
国籍や文化の違いを越え、誰もが安心して暮らせるまちをつくります。世界標準のルールとマナーを共有し、多言語対応や生活支援を強化することで、共生ではなく“共創”する地域社会を実現します。
日本を、愛する。
多文化共生から「多文化共創」へ
世田谷区では外国籍住民も増え、多様な背景を持つ人々が地域で共に暮らしています。
こうした時代だからこそ、地域の安心を土台にした、多文化共生が大切だと考えています。
例えば、防災情報を多言語で共有することで、地域に暮らすすべての人が正確な情報を受け取り、災害時にも互いに助け合える地域づくりにつながります。
日本国籍区民と外国籍区民を分けるのではなく、同じ地域に暮らす仲間として、違いを尊重しながら支え合う社会を目指しています。
区議会でも、外国にルーツを持つ区民の動向や多文化共生の課題について質問を行い、地域の安心につながる政策について議論してきました。
私は100以上の民族が暮らすウズベキスタンの出身です。旧ソ連崩壊後の混乱の中で育ち、日本でも生活の苦労を経験しました。
企業勤務、無職、フリーランス、タレント、主婦、起業家など、さまざまな立場を経験してきました。
その経験を踏まえながら引き続き多様性、安全、挑戦、文化・芸術を共に育む「多文化共創」へと進み、地域の中で共に社会をつくるあり方を提案してまいります。

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国籍や文化の違いを越え、誰もが安心して暮らせるまちをつくります。世界標準のルールとマナーを共有し、多言語対応や生活支援を強化することで、共生ではなく“共創”する地域社会を実現します。
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国際都市にふさわしい安全水準を目指し、防災・防犯・いじめ防止を強化します。世界の先進事例を取り入れ、「有事に機能する」実践的な安全保障体制を構築します。
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世界とつながる起業・ビジネス環境を整え、挑戦者が活躍できるまちをつくります。グローバル人材・資本・アイデアを呼び込み、世田谷発の価値を世界へ広げます。
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世界基準の行政サービスを目指し、Ai化と民間連携を推進します。国際的な都市経営の知見を取り入れ、スピードと透明性の高い区政を実現します。
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多様な文化が交わることで、新たな価値を生み出します。地域の文化・芸術・食・工芸を世界へ発信し、「文化でつながる国際都市・世田谷」を実現します。

最新の議会質問
これまでの議会質問
オルズグル世田谷区議会議員(無所属)
| 出身 | ウズベキスタン生まれ。母子家庭育ち。 |
|---|---|
| 原点 | 13歳で日本語のひらがなに一目惚れし、現地大学で日本語を専攻。 |
| 経歴 | 2007年、21歳で来日し日本国籍を取得。運送会社勤務、ワイン輸入会社を起業、主婦、無職、フリーランスを経験。メディア出演多数。 |
| 現在 | 現在は世田谷区議会議員、飲食店とコミュニティを運営する起業家。 |
| 趣味 | 和食づくり、温泉めぐり(温泉ソムリエ)、ワイン。 |
中央アジアにある国、ウズベキスタンの首都タシケントで生まれました。13歳のときに日本語の「ひらがな」に一目ぼれして、14歳でタシケント国立東洋学大学に入学し、日本について勉強しました。母子家庭に生まれ育ち、学費を稼ぐため、母を支えるため16歳から学生でありながらも仕事を始めました。
日本語弁論大会にチャレンジした時の写真です。トップの学生の賞は日本への短期留学でしたが、残念ながら惜しくも敗退。この時は悔しくてたまりませんでしたが、その後本当に日本へ来ることになります。
母と14歳の年が離れた妹とのスリーショット。私は学生でしたが、昼に学校で勉強をしながら、夜勤でホテルのカウンターで受付業務をしたり、同時に日本語の翻訳・通訳をしていました。その後始めたガイドの仕事も順調にいくようになり、家計を支えました。
日本の旅行客の方をウズベキスタンでお迎えして、有名観光地をご案内する仕事。ウズベキスタンという国ではガイド資格のレベルが細かく分かれていて、私はウズベキスタン全土を案内できる最高峰のガイドとして活動していました。
家庭を支える立場として、日々の暮らしの中で家計や食に向き合ってきました。生活者としての実感があるからこそ、政治の言葉を現場の暮らしにつなげる視点を大切にしています。
21歳で日本に来て最初に苦労したことは就職活動です。来日後まずは仕事を探しますが、経歴上は「新卒」と同等であるにもかかわらず、「日本の大学をでていないから」などの理由で幾度も門前払いを受けました。54社目で入社し、その後日本でワインの輸入会社を起業します。
夫の転勤の都合で海外に3年間滞在し、2018年に日本に帰国しました。
日本にてワインバーを開こうと決意しましたが、「外国人だから」「女性だから」と店を開くための物件を貸してもらえませんでした。物件だけでなく住む家さえも、夫よりも先に日本に帰国していたために「日本人ではないから」と借りることができませんでした。
最終的には知り合いの紹介でなんとか物件を借りることができました。
日本ではどうしてチャレンジがしにくいのか、挑戦する人を支える制度がなぜ整っていないのか。女性、外国人、今有利ではない立場にあるすべての人々が等しく多様に輝く世界をつくりたいと思い、世田谷から日本を変えていきたいと考えています。
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